「ギャンブルで人生を教わったんだ」という人の哲学、分かった気がする。
なるほど、分かった気がする。
「俺はギャンブルで人生を教わったんだ!」って言う人の脳の構造が分からなかったのだが、分かった気がする。ギャンブルは往々にして、欲にまみれているイメージがあったのだが、実は逆だった。
僕は競馬はやるのですが、これまでそんなに収支を気にせず、負けても遊び代だしくらいに思って楽しんでいました。もちろんオッズなどをみて買い目を絞ったり、レースによって馬券の種類を変えたり、というのはやっていましたが、あくまでその目の前のレースを楽しむためだけのもので、単発でプラスになったら良いなとか、G1などの大レースになるといつもより多めのお金を賭けてみたり、とかそんな買い方をしてました。
しかし勝ち続けている人の買い方は、自分の方法論を持って、それを崩さずやり続けている。当てたいという欲を捨て、他の買い方をしたいという欲を捨て、外れてもブレず、賭ける金額の変動も少なく、あくまでも長期的な目で一貫した方法を用いている。一回一回の収支ではなく、数か月とか下手すりゃ一年くらいの長さで勝負を見ている。その中でも尚、少しでも確立を上げようと勝負する場所を見極める。確立が下がると思ったら捨てる。
30%くらいで勝てる3倍の馬券を買い続けると、最終的な期待値は0.9に収束する。マイナスです。
でも、2%くらいの確率で来る100倍の馬券を買い続けることで、最終的な期待値は2に収束する。倍増です。
この状況の中で、ギャンブルで人生を学んだという人はおそらくこう言うのでしょう。
『ギャンブルは欲をコントロールすることだ。人生もそう』
『好きな仕事だけをしていてもだめだ。出来ることを黙々とやるから成立する』
『毎回認められようとしなくても真摯にやっていけば年に何回かは必ず報われてトータルはプラスになる』
「ギャンブルで人生を教わったんだ」という人の哲学、分かった気がする。
「俺はギャンブルで人生を教わったんだ!」って言う人の脳の構造が分からなかったのだが、分かった気がする。ギャンブルは往々にして、欲にまみれているイメージがあったのだが、実は逆だった。
僕は競馬はやるのですが、これまでそんなに収支を気にせず、負けても遊び代だしくらいに思って楽しんでいました。もちろんオッズなどをみて買い目を絞ったり、レースによって馬券の種類を変えたり、というのはやっていましたが、あくまでその目の前のレースを楽しむためだけのもので、単発でプラスになったら良いなとか、G1などの大レースになるといつもより多めのお金を賭けてみたり、とかそんな買い方をしてました。
しかし勝ち続けている人の買い方は、自分の方法論を持って、それを崩さずやり続けている。当てたいという欲を捨て、他の買い方をしたいという欲を捨て、外れてもブレず、賭ける金額の変動も少なく、あくまでも長期的な目で一貫した方法を用いている。一回一回の収支ではなく、数か月とか下手すりゃ一年くらいの長さで勝負を見ている。その中でも尚、少しでも確立を上げようと勝負する場所を見極める。確立が下がると思ったら捨てる。
30%くらいで勝てる3倍の馬券を買い続けると、最終的な期待値は0.9に収束する。マイナスです。
でも、2%くらいの確率で来る100倍の馬券を買い続けることで、最終的な期待値は2に収束する。倍増です。
この状況の中で、ギャンブルで人生を学んだという人はおそらくこう言うのでしょう。
『ギャンブルは欲をコントロールすることだ。人生もそう』
『好きな仕事だけをしていてもだめだ。出来ることを黙々とやるから成立する』
『毎回認められようとしなくても真摯にやっていけば年に何回かは必ず報われてトータルはプラスになる』
「ギャンブルで人生を教わったんだ」という人の哲学、分かった気がする。